アメリカ南西部。カリフォルニア州とネバダ州の南部、更にはユタ州とアリゾナ州の一部の4州に跨る、アメリカで最も乾燥した大地。それがモハビ砂漠だ。その面積は日本の本州と北海道を合わせたエリアに匹敵する。Mojave Desert。英語で言うデザートは、極度の乾燥で植物や動物が生息するのに適していない荒野を指す。特殊な環境に適応した僅かな動植物のみがそこで暮らすことが出来る。日本語では「砂漠」と訳され、砂のイメージが強いが、その殆どは、ゴロゴロとした岩、硬い土、そして背丈の低い植物からなる「土漠」だ。

前編「孤独の荒野」はコチラからどうぞ


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トレイルランニングランキング
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薄茶色、くすんだ緑。モハビ砂漠の大部分を占める色だ。この
2つの色が、透き通った空の青を背景に異なったトーンを織りなし、極めて独特な景観を作りだす。そこに突如現れるオレンジ色。極乾の地に力強く咲くサボテンの花。荒野に紅一点を添えている。

私の上半身を覆っているのは、奇しくも、このサボテンの花と同じオレンジ色のティー
シャツ。休憩のために立ち止まるたびに、ミツバチが群ってくる。荒野に咲く花は少ない。赤や黄色の花を探して一日中飛び回っているのだろう。大きな花を見つけたと、大喜びで仲間に声をかけて集ってくる。蜜を集めるのが彼らの仕事だということはよく分かっている。然し、何とかならないものだろうか・・・
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地表にへばりつくように生えるサボテンと、その先端に咲く小さな花


中間地点となる
19マイル(30km)マーク。5時間42分で到着した。今回の目標タイムは10時間。前半は上りが多く、後半は緩やかな下りが中心となる。10時間、あるいは10時間半もあれば、最終目的地に辿り着けそうだ。飲料水とカロリー補給食は12時間分用意してある。孤独なトレイルで不安にかられ、幾度となく地図を見直したが、ここまでほぼ予定通りのペースだ。数分も行けば舗装道路を横切る。人の姿もあるだろう。

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中間地点となる19マイル。エスケープルートが一切ない前半を無事に乗り切り一安心。

道路脇の駐車場で数人のハイカーに遭った。行き交う自動車を遠目に見た。絡まった毛糸の様に頭の隅にあった不安の塊は、かくも簡単に消え去った。

ともすると、下りであることを忘れてしまうほど緩やかな傾斜が続いている。心拍数が抑えられる。疲れた足腰にも負担が掛からない。太陽はほぼ真上に位置し、濃い影を足元に映し出している。幸いにも、南西から吹く強い風が体温の上昇を抑えてくれている。周囲にはホコリまみれの姿で、行きすがるランナーを見下ろすジョシュアの木々。不安を乗り越えた先にある世界。見るものすべてが美しい。いつの間にか脚の付根の痛みもなくなった。

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周囲の木々の背丈が低くなってきた気がする。気のせいだろうか。俗にジョシュアツリーと呼ばれる奇妙な形の植物。正式名はユッカ・ブレビフォリア(Yucca brevifolia)。モハビ砂漠周辺の固有種で、標高500m1,800m付近に生育している。完全に成長するまでに50年~60年の時を要し、平均寿命は500年程度と言われている。中には樹齢1,000年に達するものもあるそうだ。

長年に渡りモハビ砂漠の灼熱の太陽に灼かれ、時には強風に煽られ、自然の営みを見てきたジョシュアの木々であるが、天然資源開発、気候変動、森林火災等の影響で絶滅の危機にある。特に過去数十年の急激な気温の上昇や極度の乾燥は、この固有種の行く末に極めて悲観的な影を落としている。

 

緩い傾斜が続く。時折、干上がった河を横切る。水の流れた跡は、人が手を加えたトレイルのようにも見える。誤って道を外れるハイカーも少なくないという。油断は禁物だ。

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向かう先には果てしない荒野が広がる

目の前には、地平線まで続く荒涼とした大地。平地から見る地平線までの距離は、5km
程だと聞いたことがある。丘に登れば当然、その距離は長くなる。眼の前に広がる荒野。その遥か先にある地平線までの距離は、とても5kmとは思えない。一歩、また一歩と足を前に運んでいれば、いつかは目的地に辿り着けることは分かっている。ただ、何千年、何万年と変わること無く、只そこに存在し続ける荒野は、来る者を拒むような圧倒的な威厳を放っている。

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バックパックからは二本の青いチューブが突き出している。ハイドレーションパックに繋がる長いストローだ。左のストローはカロリー補給用の粉末ドリンク。右のストローは何も加えていない真水。2つのパック合わせて、4.5リットルほど準備した。

ここまで約
8時間、これを交互に飲み続けてきた。粉末ドリンク入りの液体はかなり甘い。よって、カロリー補給後は水で口直しをする。ドリンクの他にもジェルや、エナジーバーを持参している。ジェルは走りながら摂るが、エナジーバーは暫しの休息時に止まって食す。パサパサしているので、乾いた喉に詰まりやすい。地面に腰を下ろしてエナジーバーを食べていると、例のごとくミツバチがやってきた。
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サボテンの花と同じ色のティーシャツ。ミツバチが間違うのも無理はない。

ふっと気がついた。ミツバチの多くは、地面に座っている時に群がって来る。不思議と立って休んでいる時には気にならない。砂漠で紅一点の花を咲かせるサボテン。これまで見てきたものはどれも背丈が低い。「そういうことか」。座り続けていると、ハチまみれになりかねない。仕方なく疲労した体を持ち上げ、立ち上がる。
ここは彼らの地であり、よそ者は私の方だ。追い払う訳には行かない。

植物の繁殖において、極めて重要な役割を果たすミツバチ。地球温暖化の影響で、個体数が劇減している。その結果、一部の農産物の収穫量にも深刻な影響が出始めているそうだ。

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相変わらず人は疎らだ。時折ハイカーとすれ違う。中間地点を超えてからの後半で三組。挨拶を交わすのみで、立ち止まって話をするわけではない。それでも不思議な安堵感を与えてくれる。ここまで来れば、道に迷うことはない。残すところ数キロ。未だ陽は高い。疲れはあるが、それを誤魔化す術は身につけている。足にマメができた様子はない。膝も耐えている。右脚の付け根も大丈夫だ。


奇妙な形をした枝が、強風に煽られ揺れている。絶滅の危機に瀕するジョシュアツリー。揺れる枝は、巨人が手招きをしているように見える。招かれるまま、木の傍に行き、その声に耳を傾ける。南西からの風に乗って、囁き声が聞こえた気がした。「命ある物を愛でよ。限りある物を大切にしろ」と。

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強風に煽られるジョシュアツリー。何か伝えたいことがあるようだ。

早朝
5時半にスタートし、60kmの荒野を駆け抜け、今回のチャレンジの最終目的地であるノースエントランスに辿り着いた。時間は午後3時を少し回っている。未だ日差しは強い。所要時間は9時間52分。目標時間とした10時間を僅かに下回った。然し、それに大した意味など無い。自らの足でジョシュアの荒野を駆け、モハビ砂漠の過酷な自然を体感した。予期せぬ脚の痛みや、不安もあった。然し、それらを克服し、逆境さえも楽しむことができた。
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最終目的地のノースエントランスにて。通常はインフレ気味に距離を表示するガーミンが、今回は珍しく3マイルほどショートしている。

大事には至らなかったものの、思わぬ誤算もあった。
12時間分として用意した4.5リットルの飲料水。ゴール時に残っていたのは僅か300ml。ゼロに等しい残量だ。春でも気温40度に達する日もあるモハビ砂漠。2週間ほど、天気予報を日々チェックし、一番気温の低い日を選んで、今回のチャレンジに望んだ。その甲斐あって、今日の最高気温は25度に達していなかった筈だ。それにも関わらず、予想以上の飲料水を要した。もし、途中で道を間違えていたら、と考えるとゾットする。次回、砂漠に足を踏み入れる前に、雨乞いの術を身につける必要がありそうだ。

By Nick D


ワンポイント・アドバイス:


1.移動手段

ジョシュアツリー・トラバースは周遊コースではないので、スタート前、あるいは、ゴール後のいずれかで、移動手段の確保が必要となります。今回私がした、ゴール地点に車を置き、スタート地点までタクシーを使うのが一般的なようです。ゴール地点となるノースエントランス近郊の町は、ジョシュア・ツリーではなく、Twentynine Palmsになります。Twentyninepalmstaxiで検索すれば、幾つかのタクシー会社が出てきます。ちなみに今回利用したのは、Top's Taxiという会社。料金はチップ込み$104ドルほど。ライドシェアサービスもあると思いますが、朝5時、更には携帯電話の電波の有無も定かでなかったため、割高を承知でタクシーの事前予約をしました。


2.飲料水の確保

全長60kmの今回のルート。トレッキングの場合は、途中1~2泊が一般的です。のんびりと3泊以上かけて楽しむハイカーもいる様です。問題は飲料水の確保。ルート上にはトレイルにアクセスできる舗装道路が2箇所、更にダートロードが2箇所あります(コンディションのほどは定かでは有りません)。途中泊のハイカーは、行程に合わせて事前にルート上に飲料水を置いているようです。複数日掛けて歩くスルーハイクと呼ばれるトレイルのルートには、ハイカーへの粋な心配りで、飲み物や食料が置いてあることがあります。トレイルマジックと呼ばれています。事前に飲料水などを用意する場合には、トレイルマジックと勘違いされないように、はっきりと名前を書くのをお忘れなく。
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砂漠でのトレッキングでは飲料水の確保がキーとなる。