夏になり暑さが厳しくなってくると、涼をとるより、更に暑い所に行きたくなる。私が住んでいる街は、ロサンゼルス郡でも内陸部に位置し、山火事が多発する事と、暑い事で知られている。6月に入ると気温が40℃を超える日もしばしばある。お察しの通り、私が言っている「更に暑い所」とは、40℃や45℃の事ではない。50℃超えの暑さを意味している。

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7月、アメリカ独立記念日が過ぎ、本格的な夏を迎えた。新型コロナの影響で、旅行の予定はキャンセルとなり、暇を持て余している。家に籠る私をあざ笑うかのように、カリフォルニアの太陽は、燦々と降り注ぎ、強い日差しが家の中まで差し込んいる。今週末は40℃近くになる事だろう。となると、更に暑いところにい行くしかない。

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Mesquite Sand Dune。1977年、スターウォーズ第一作目、冒頭の砂漠のシーンはここで撮影された

ヨセミテやセコイア国立公園で知られるシエラネヴァダ山脈の東側、ロサンゼルスから約
200マイル(320㎞)の不毛の地に、デスバレー国立公園は横たわっている。その名の通り死の谷を思わせる、荒涼とした大地は、過酷な自然を惜しげも無くさらけけ出し、来るものを拒むような威厳を放っている。その規模は長さ約200㎞、幅は約80㎞。3,000m級の峰々から、海面下の世界まで多様だ。公園のすぐ西側には、アメリカ本土最高峰のホイットニー山、4,421mが荒々しい岩肌をさらけ出し、この死の谷の番人と言わんばかりに、行き交う者を見下ろしている。
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アメリカ本土の最高峰 Mt. Whitney ホイットニー山

ホイットニー山のストーリーはこちらから



地球外惑星を思わせる、静寂に包まれた谷は、年間降水量はほぼゼロ。乾燥と灼熱の大地として知られている。
1913710日、華氏134.1度(摂氏56.7度)、当時の世界最高気温を記録。その後も、29日間連続で華氏120度(摂氏48.9度)超えや、月間平均気温の記録など、数々の世界最高気温の記録を樹立している。時には熱風とともに砂嵐が吹き荒れる死の谷、西部開拓時代に、この地に足を踏み入た者たちは、まさに地獄を見たことだろう。

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生物が住めるとは、到底思えない不毛の台地。赤みがかかっていれば火星のよう(加工なし)
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地面を赤っぽく見せるように加工するとこんな感じ(加工あり)

私がこれまでに経験した最高気温は、他でもないこの地。20158月。デスバレー中心部に近い、バッドウォーター・ベイスンと呼ばれる、海抜マイナス86mのアメリカ最低地点。正午過ぎの気温は52度を記録した(当然オフィシャルなものではない)。5年振りに行くからには、それを上回る気温を期待している。

 

と、こんな背景から、午前11時、私は灼熱の太陽が降り注ぐ砂丘の上を走っている。気温は、47~48℃。未だ50℃には達していない。日差しは焼けるように熱いが、汗はかいていない。極度の乾燥のためだろう。粒子の細かい砂に足を取られる。何億と言う細かい粒子が、さらさらと砂丘の下に向かって水が流れるように、零れ落ちていく。その流れに逆らうように手足を使って、金色に輝く砂丘を上る。上り切ったその先には、遥か彼方まで続く砂の波が広がっている。その景色を暫し眺め、脳裏に焼き付けるとともに、写真に収める。
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辺りを見回さなくても、周囲に人がいないのは分かっている。自撮りをするべく持参した小型の三脚にスマホを取り付け、砂地に据える。数秒も経たたぬ間に、加熱し機能不全となった。ランニングベストの右ポケットに凍ったボトルを忍ばせてきている。半分溶けかかっているそれに、スマホを当てて冷やすと、何とか使える状態に戻った。然し、地表近くに置くと、また使い物にならなくなる。幾度となく繰り返すうちに、何とか走っている姿の撮影に成功。孤独な砂漠で、照り付ける太陽に肌を焼かれながら、自撮りをするための葛藤。かなり滑稽な姿であるが、家族も友人も灼熱地獄はご免被る、という事で、一人で来たので致し方ない。

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砂漠と言うのは、不思議な魅力があるところだ。色を変えて燃え盛る焚火や、澄んだ清流の流れ。何気なく眺めていると、つい見入ってしまう。気が付くと随分と時が経過していた、という経験をした人は少なくないだろう。金色のモノトーンの世界。それを構成する砂の粒々が風に吹かれ移動する。それら全てを包み込むSound of Silence、静寂の音。世の中に存在する全てのものが、音と一緒に砂に吸い込まれていったような、現実味のない空間がそこに広がっている。1971年、アメリカが歌ったヒット曲、「名前のない馬」で、「♬~砂漠では自分の名前さえ思い出せない~♬」の歌詞の意味が、分かるような気がする。しばし走っては立ち止まり、また走る。目指すゴールがあるわけではない。砂丘を走るのが唯一の目的だ。急な斜面は、転がり落ちるのも悪くない。

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ゲイターを付けていても、きめ細かい砂がシューズに入るのを防ぐ効果は限定的だ。トレイル・ヘッドでシューズを脱ぎ、砂を掻き出す。砂丘を後にし、エアコンの効いた車内で体を冷やしつつ、20分ほどで次の目的地に到着した。
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砂丘を後にし、タイタスキャニオンへ向かう途中の風景。Devils Cornfiled(悪魔トウモロコシ畑)と呼ばれている

タイタス・キャニオンと呼ばれる
38㎞程の長さの渓谷。勿論、今回走るのは、そのほんの一部だけだ。仰ぎ見る両岸の高さは4050mはあるだろうか。雄大な姿だ。草木もろくに育たない乾燥したこの地。水の浸食によって、これほどの渓谷が出来るまでには、数千年あるいは数万年の歳月を要した事だろう。
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Tutus Canyon 一方通行であるが、車両での通行も可

狭い渓谷を熱風が吹き抜けている。肌に触れる風の温度は砂丘で感じたものより、更に上がっている。頭上に輝く太陽が、足元にくっきりとした影を映し出している。時刻は正午を少し回た頃だ。気温は、おそらく
50℃に達しているだろう。乾燥と熱風で目玉が熱い。真っ青な空と左右にそそり立つ壁。熱い目に映る景色はどこまでも美しい。

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時刻は午後3時を回り、一日でも一番暑い時間だ。ザブリスキーのひだ状になった奇岩の群れと、尖った頂きが見える。タイタス・キャニオンを後にし、車で30分ほど南下しザブリスキー・ポイントまで移動した。走り始める直前の気温は52度だった。ほんの僅か走っただけだが、低酸素環境の中を走っている様に呼吸が苦しい。汗はそれ程かいていないが、水分は意識してこまめに摂っている。灼熱の太陽を遮る日陰が全くない炎天下。50度を超える気温。走っていて、汗をかかない筈はない。おそらく、額を流れ落ちる間もなく蒸発しているのだろう。シャツも殆ど濡れていない。750mlのボトルが空になりつつある。無理はせずに戻ろう。
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ひだ状の紋様はかつてここが湖底であった時に出来たと言われている。岩かと思いきや砂地に近い

来た道を引き返していた筈だが、どこかで間違えたらしい。戻るべき頂きは、視界に入っているが、そこへと続く道は見当たらない。止む無く、足元の不安定な傾斜を手足を使って登り始める。呼吸が荒い。この、酸欠状態のような息苦しさは何なのだろう?脚も思ったように動かない。靄がかかったような頭で考える。砂丘を走っている時から、自覚症状のないまま大量の汗をかき、それにも関わらず、十分な水分を摂っていないのが原因だろう。体液が減少し、血液が筋肉や脳に効率的に酸素を運ぶことが出来ない。急こう配の道なき道。暫く立ち止まるが、心拍数は激しいままだ。おそらく
180/分には達しているだろう。死の谷に樹木が育たつはずもなく、涼をとるための日陰はない。ボトルの水も底をついた。

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陽を遮りものは何処にもない。あるのは容赦なく照り付ける太陽と自分だけ

走っていて疲労が限界に達した時は、歩く。立ち止まって休む。それでも辛い時は、数分間でも地面に腰を下ろす。これまでの経験で、疲労に対する対処法は心得ているつもりだった。然し、
50℃を超える気温は、動かずにじっとしていても体力を奪う。急斜面の先を見上げる。動くたびに崩れ落ちる斜面、苦しい呼吸、朦朧とする意識。100mも上れば、平地に出られるだろう。強い熱量を持った午後の太陽が体を覆う。辺りは、人の声はおろか、何の物音もない。Sound of Silences。その静寂を破るように、一瞬、太陽がジリジリと照り付ける音が聞こえたような気がした。ここに留まっている訳にはいかない。


暑い時は、涼をとるより更に暑い所へ・・・と灼熱の地獄までやって来たが、やはりエアコンは有難い。文明の利器に心から感謝をせざるを得ない。何とか駐車場に停めた車まで辿り着き、クーラーボックスから冷えたコーラを取り出し、貪るように飲み干した。体温もだいぶ下がってきたようだ。心拍数の急激な上昇による、パニックのような症状もすっかり収まった。「のど元過ぎれば熱さ忘れる」とは、よく言ったものだ。さて、次の目的地に向かおう。
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海抜レベルを告げる表示。ここから先は海面下の世界となる

アメリカ大陸の最低地点バッドウォーター・ベイスン。世界で最も過酷なレースと呼ばれる、バッドウォーター135マイルレースのスタート地点である。車搭載の温度計は、走っている間も徐々に上昇し、130度に迫っている。午後4時半、目的地に到着。海抜下86メートル地点で記録した本日最高気温は、華氏131度。なんと、摂氏55℃!(百葉箱のなかのオフィシャルな気温は、もう少し低いと思いますが)。
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言葉で表現するのは難しい気温55℃の世界。華氏では131度(駐車中の外気温ではなく、走行中に131度を表示したので、慌てて止まって撮影したもの)
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ここに長い間留まっていたら、気が狂ってしまう。いや、その前に死んでしまうだろう。死ぬ前に、やらなければならない事がある。家から持ってきたフライパンをボンネットに乗せ、しばし待つ。柄が熱くて持てないほど温度が上がった。楽しみにしていたこの瞬間。卵をパカッと割る。ジュワーと白くなると思いきや、その気配は無い。暫く様子を見るが、何も変わらない・・・落胆するのはまだ早い。蓋をしたフライパンをボンネット上に残し、塩の大地へと向かった。

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年間を通して一滴の雨も降らないこともあるデスバレー。極めて稀に降る雨は、周囲を山に囲まれているため、行き場を失い、地表のミネラルを搔き集めながら、この地に流れ込む。暫しの間ここに留まった雨水は、灼熱の太陽に熱せられ蒸発。後に残されるのが白い塩の大地だ。西に傾いた太陽を鏡の様に反射している。強い照り返しが露出した肌を焼く。この白い大地の上を走るのを楽しみにしていたが、家では家族が待っている。無理は禁物だ。楽しみは次回まで取っておこう。

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カチカチに固まった塩の大地(舐めると当たり前だがかなり塩っ辛い)。先に進めば気温はさらに高くなる。

ロサンゼルスに向かう車中。車搭載の温度計は未だ華氏
126度(52℃)を表示している。開け放った窓から入ってくる外気は、オーブンを開けた時に「ブワァー」と出てくる熱気に近い。手を外に突き出してみる。30秒もしないうちに熱さに耐えられなくなった。一時間そのままの状態をキープすれば、おそらく、手は表面カリカリのロースト状になるだろう。次回、脂の乗った鳥のもも肉で試してみるのも悪くない。

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 帰りに立ち寄った
Atists Palette Point。の名の通り、絵描きのパレットのように、様々な色が岩肌を彩る。


因みに、ボンネット上に残していった卵はと言うと、残念ながら目玉焼きにはならなかった。帰宅後、ネットで調べてみた。曰く、「白身のたんぱく質は58℃くらいから少しづつ固まりはじめ、6065℃で白く柔らかいゼリー状になり、70~80℃で完全に固まる」。行く前に調べておくんだった・・・もう少し待っていたらフライパンの温度が上昇し、白くなったはずなのに・・・・またひとつ、新しいことを学ばせて頂きました。

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15分程、蓋をして放置したが白くなることはなかった。あと10分待っていれば・・・ 

ワンポイント・アドバイス

卵の調理温度と合わせて、今回分かった大事なこと。それは、50度を超える炎天下では、汗をかいている自覚が無いまま、油断していると、脱水症状に陥ってしまうという事。私自身、100㎞以上の距離を走るウルトラマラソンのランナーで、水分・栄養分補給には常に気を配っています。長距離レースの際には、細かなプランを立て、喉が渇いていなくても、空腹感が無くても、毎時決まった量の水分・栄養分補給を摂りながら走るようにしています。その一方、今回の様に走ったり、歩いたり、車で移動したりする場合には、特に事前に「プラン」を立てる事はありません。言い換えれば、喉が渇いた、汗をかいた、腹が減ったという感覚に頼ったもの。コマ目に水分補給をしていたつもりでしたが、結果的には充分ではなかったという事になります。尿意を催す程度の水分は必要であり、色が濃いと注意と言われますが、デスバレー滞在中にトイレに行った記憶はなく、色の確認もできていませんでした。50℃の砂漠を走る人が、そう多くいるとは思えませんが、高温環境での野外活動の際には汗をかいている自覚が無くても、脱水症状に陥り、大事に至る事もあるので、十分な水分補給を心掛けるようにしてください。

それともう一つ。バッドウォーター135 参戦を考えていられるランナーの方々。私自身は、バッドウォーターを走る予定はありませんが、暑いのはかなり得意な方。制限時間48時間なら、歩いてゴールまで辿り着けるんじゃないかなぁ?と何となく簡単に考えていましたが、50℃を超える気温は、立っているだけでも体力を消耗することを身をもって知りました。今回は少し走っただけで、かなりヤバい思いをしました。他山の石として参考にしてください。


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