野山を駈け回るスポーツ、トレイルラン。空前のランニングブームに乗って、日本でも人気が定着しつつある。少し前までは、山岳耐久レースなどと呼ばれ、娯楽とはかけ離れた存在だった。その一方で、険しい山道を走る行為は、古くから多くの地域や文化に存在している。比叡山の千日回峰行と呼ばれる修業もその一つだ。その歴史は平安時代にまで遡るという。7年間の修行期間中に、比叡山の峰々を巡礼しながら、合計1,000日間で4万キロを走り切る。かつては、道半ばで挫折すると自ら命を絶ったとも言われている。


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クリストファー・マクデゥーガル著のボーン・テゥー・ランで一躍有名になった、メキシコ北部のコッパーキャニオンに住むタラウマラ族も、生活の糧を得るため、更にはボールを蹴りながら何十キロも走る娯楽として、山岳地帯を延々と走る文化を育んできた。私も25年ほど前になるが、当時住んでいたメキシコシティーから彼の地を訪れたことがある。未開のカニョン・デル・コブレ(コッパーキャニオンの現地名)の荒々しい美しさと、そこに住む素朴な民の姿が今でも脳裏に焼き付いている。


トレイルランに限らず、登山でもそうであるように、山に足を踏み入れる、即ち自然に身を委ねる行為であり、先天的なリスクを伴うものである。内在するリスクは、登頂や走破の達成感を得るために支払う、対価とも言える。目的を達成するまでの「旅」の途中には、冒険心を満たしてくれるチャレンジや、自らの足で辿り着いた者しか見ることの出来ない、美しい風景がある。

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北カリフォルニア、シエラネバダ山脈の湖を見下ろすトレイル

1970年代のアメリカに端を発したランニングブーム。それ以前には、ランニングをする人達が変わり者扱いされていた様に、トレイルランニングも、つい10数年ほど前までは、ごく少数の限られたランナー達の間で楽しまれるものだった。近年のトレイルランニング人口の増加は、目を見張るものがある。それに伴い、人気のあるレースへの参加資格を得るのが、年々困難になっている。アメリカでは環境保護の目的もあり、多くのレースで参加者数を300人程度、あるいはそれ以下に絞っているため、その傾向は顕著だ。

1974年に第一回目のレースが開催され、世界最古の100マイルレースと言われるWestern State Endurance RunWS100)を一例に上げると、Qualifying Raceと呼ばれる、事前に大会主催者によって決められた、100㎞以上のレースを制限時間内に完走して、漸く申し込み権を得ることが出来る。それにも関わらず、2020年のレースでは、初年度申し込み者の倍率は、なんと95倍であった。(残念ながら、2020年度のレースは新型コロナ・パンデミックの影響で中止となった)。既に伝説化しているWS100の人気は極端ではあるが、多くのレースで参加希望者が急増しているのは間違いない。
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写真:Twitter@Wester States 100より 
24時間以内で完走したランナーに授与されるシルバーバックル
WS100レースのの記事はこちらから:

かつては、一部の変わり者のスポーツであったトレイルランが大衆化するに従って、レースを取り巻く環境が様変わりしている。多くのレースでは参加資格を得るために、トレイル修復作業への従事や、他のレースでのボランティア活動が求められる。その甲斐あってか、トレイルのコンディションは良好に保たれ、エイドステーションでのボランティアの数も大幅に増えた。100マイルのような長いレースともなると、多くのランナーは、家族や友人をサポートクルーとして伴ってレースに望む。コース上に設けられたエイドステーションは、多数のボランティアとクルーとが相まって、F1レースのピットさながらだ。
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写真: thermarest.com/blog/crewing-ultramarathonより

ランナーの到着を待つクルー。到着するや否や、椅子を用意しマッサージ。次いで着替え。濡れた靴下やシューズを履き替える間に、栄養補給食を頬張らせる、という光景も珍しくない。家族や友人を伴わないランナーでも、ボランティアのスタッフが、旧知の友人の様に献身的なサポートを提供してくれる。心身ともに疲労困憊したランナーにとって、砂漠のオアシスで、笑顔で水を分け与える天使のような存在だ。その一方で、至れり尽くせりのサポートによって、自己責任と割り切り、リスクを対価として支払う事によって得られる、肌が粟立つような冒険感が影を潜めた、と感じているランナーも少くない筈である。

 

新型コロナ・パンデミック下のアメリカ。レースが軒並みキャンセルとなる中、「ウィズコロナ その1」で触れたように、無謀とも思えるものも含め、各地で様々な試みが進んでいる。その多くは、Kodiak Ultraのように、人との接触を極端に少なくし、僅かなサポートで開催するものだ。ゼッケンの受け取りは、密集を避けるため時間を分散、あるいはドライブスルー方式。ランナー達が一堂に集うエキスポも当然ない。レース当日のスタートは時間差となる。エイドステーションのボランティアも少人数。栄養補給食も事前に袋詰めされる。以前の様に、小さく切り分けられたフルーツのわし掴みは出来ない。家族や友人からなるサポートクルーの人数も制限される。勿論、ゴールでのお祭り騒ぎもない。始終、他のランナーやボランティアの人たちとの接触は、極力減らすよう心掛けなくてはならない。途中で立ち往生しているランナーを助けたり、励ます行為はどうだろうか?ここでも、ソシアル・ディスタンスを保つ必要があるのだろうか?

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写真:vactionraces.comより Zion Ultraのコース
9月末に新たなルールのもと、ザイオン ウルトラが開催される事となった。

私自身、普段から一人で山中を走る事が多く、
グランドキャニオン南北リムのソロ往復のように、単独で50㎞以上のチャレンジをする事もある。自己責任でリスクを受け入れる、という姿勢は常に持っており、それを楽しむ事もできる。その一方で、「レース」となると、少し話は異なる気がする。トレイルレースでは、ロードレースと異なり、疲れたら歩き、時折立ち止まり、美しい景色を眺める。更には、同じチャレンジに望むランナーとの会話を楽しみ、互いに励まし合いながらゴールを目指す。これら全てが、トレイルランニングの醍醐味だからである。仕方のない事とは頭では理解していても、他者との関係を断って挑むレースには、一抹の寂しさを感じざるを得ない。

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写真:vactionraces.comより Zion Ultraのコース


そんな中、国立公園周辺でレースを行う事で知られるUltra Adventuresが、今年の9月に新たなレースを開催すると発表をした。ザイオン ウルトラマラソン例年4月に開催されており、既に2021年4月のレースが予定されている。軒並みレースがキャンセルとなるなか、モチベーションを失ったランナーたちに希望を与えるためか、敢えてこの時期に新たなレースを追加する。

Ultra Adventuresの試みは、ほんの一例に過ぎない。
パンデミックの影響により、多くを犠牲にしての生活が続く今日。様々な制約がある中、各地で大会主催者たちが試行錯誤が繰り返している。異例な環境下、いかなる形であれ、ランナーに「旅」のステージを用意するために、情熱をもって困難に立ち向かう人たちがいる。その全ての人たちに敬意を払うと共に、心から感謝をしたい。彼らの熱い思いが、大きな輪となり、更に広がっていくと良いのだが。それにも増して、望むのは、一日も早くワクチンや特効薬が開発され、皆が新型コロナ以前の平穏な生活に戻れる日が来る事に他ならない。

 

By Nick D