ウルトラマラソン参加は今回が初めてではない。過去に、50㎞、100㎞を幾度となく完走している。トレーニングでフルマラソン以上の距離を走る事も珍しくない。一方で、これまでのレースの制限時間は100㎞ウルトラで20時間、アイアンマンでも17時間。今回の30時間と比較するとかなり短い。昼夜走り続けるには、栄養補給と眠気対策が極めて重要になってくる。この半年間、不安を払拭するために、課題を明確にして、地道なトレーニングを積んできた。”Train hard and enjoy the race” レース当日は思う存分楽しむ事を信条としている。

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(スタートから2時間ほどした後のフォルソムダムの朝焼け)

11月一週目の土曜日。サクラメントに程近いフォルソム湖。ヘッドランプを装着してスタートしたのは、まだ肌寒い午前5時。スタートからの18マイル29㎞)は、平坦なロードとトレイルの混ざったコース。自然と上がるスピードを抑えるのに苦労した。先は長い、ここで無理をする必要は全くない。


その1.山の精霊との遭遇は、こちらをクリック

12マイルあたりで、一人の日本人ランナーに会った。おそらく私を除くと唯一の日本人だろう。全身スタイリッシュなパタゴニアのウェアーで格好よく決めている。話をすると、日本から出張できたビジネスマン。仕事を終えて100マイルレースに挑んでいるという。出張を利用して海外のマラソンに参加するビジネスマンには会ったことがあるが、流石に100マイルは聞いたことがない。更には、突然出張が決まったので、今回のレースへの準備期間はなんと一か月。凄まじいの一言。幸いにも、友人がペーサーを買って出てくれて、日本から駆けつけて来たとの事。よくよく話を聞くと、パタゴニアで仕事をしており、今回の渡米もベンチューラにあるパタゴニア本社への出張。この機会を利用して100マイルレースに参加する事を会社に告げると、快く送り出してくれたとの事。さすがパタゴニアとそのエグゼクティブと唸らされた。しばし並走しながら歓談の後、お互いの幸運を祈り、それぞれの途へ着いた。ちなみに、このパタゴニア・ハードコア・ランナー、僅か一か月のトレーニングで見事に素晴らしいタイムで完走している。
更に驚くことに、日本から遠路駆けつけてくれた友人ペーサーとは、何とプロトレイルランナーの石川弘樹さんである事が、後になって分かった。

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ペースを抑えて湖畔の18マイル・ループを回り、最初のチェックポイントであるスタート地点に戻ってきたのは、約3時間半後の8時半。すでに日は昇っており気温が上がっている。ボランティアが、事前に預けておいたドロップバッグを持ってきてくれた。長袖のレイヤーを一枚脱ぎ、バッグに戻す。粉末のテイル・ウィンドなるスポーツドリンクを二袋、ハニーストリンガーワッフルを二つ、ジェル二つを取り出しベストのポケットに押し込み、再び走り始める。次のドロップバッグまでは17マイル。ここからが本番である。

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(緑の茂るトレイルに掛かる橋)

2度目のスタート地点を後にし、湖の反対岸に渡る堤防を越えると、シングルトラックの本格的なトレイルの始まりだ。緑の生い茂ったしっとりとした空気が漂う森と、カラカラに乾燥した丘陵が交互に姿を現す。
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一人がようやく走れるほどの幅のシングル・トレイルが続く中、時折マウンテンバイクの一行と遭遇する。多くの場合、トレイル上では、バイカーとランナーはあまり仲が良くないが、ここでは異なるようだ。人気のルートらしく、多くのグループと行き違うが、皆道を譲ってくれる。礼を言い、バイカー達の横を足早に駆け抜ける。

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(カラカラに乾燥した平原。トレイルはバイクが止まらずにすれ違えるほどの幅はない)

23マイル(37㎞)地点にあるエイドステーションは、ハロウィンの飾りつけでお祭りムードである。オレンジ色のテーブルクロスの上に、お決まりのピーナツバター・サンドイッチや、ポテトチップスが並ぶ。テントの屋根からはクモの巣が垂れ下がっているが、昼間のためホラーっぽさは微塵もない。ボランティアは皆一応にハッピーだ。少しばかりの食料と、沢山の声援を受けて、上機嫌でエイドステーションを後にした。
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太陽が頭上に差し掛かるころには、フォルソム湖とアメリカン・リバーを眼下に見下ろすシングル・トレイルを、ランナーの喜びに浸りながら走っていた。秋晴れの空が青々としている。強い日差しは澄みきったアメリカン・リバーの川底まで届き、光と水の美しいグラデーションを作り出す。
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ハワイをテーマに飾り付けられたカーディアック・エイドステーションでは、フラダンサー風に、胸にココナッツの殻をつけたコスチュームの男子高校生の出迎えを受けた。ここまで9時間15分。41マイル(66㎞)地点。このエイドステーションを超えると、急こう配の登りが数マイル続く。この先、80マイル(128㎞)地点までは、平坦な場所はほぼ皆無となる。ココナッツボーイの声援をエネルギーに変えて、次なるステーションに向けて軽快に走り出す。

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(柱の陰で見え難いが、レイの下はココナッツ。後ろのテントもハワイ風の飾り付け)
 

45マイル地点(72㎞)に位置するオーバールック・エイドステーションは、アメリカン・リバーを見下ろす小高い丘の頂上にある。ここからペーサーの帆走が許されている。大勢のサポーターと、ランナーの到着を待つペーサー達で賑わっている。距離にして僅か4マイルであるが、永遠に続くかと思われた長い坂を上り切ると、手を振る妻の姿が見えた。息はまだ切れているが、自然と笑みがこぼれる。時刻は午後3時を回ったばかり。ペースは始終抑え気味だが、予定より2時間ほど早い到着。少しのんびりする余裕はありそうだ。妻がドロップバッグを持ってきてくれる。数時間ぶりに芝の上に腰を下ろした。

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(オーバールックにて。おそらくルート上で一番賑わいのあるエイドステーション)

ここまで粉末ドリンクと、ワッフル、ジェルでカロリーを取り続けている。未だ
10時間しか経っていないのに、胃袋はムカムカし始めている。栄養補給は、ひと時たりとも欠かす事はできないが、甘いものは気が進ない。エイドステーションで、茹でたポテトを頬張り、ジンジャーエールで胃に流し込んだ。レース直前に、ショウガが疲労した胃腸に効果があると耳にした。先ずはジンジャーエールで様子を見る。実は昨晩の日本食レストランでの事。「このジンジャー、かなり新鮮で美味しいから、疲れた胃に効くんじゃない」と、妻。当然、ただの思い付きだ。そう、寿司の添え物のガリである。その思い付きを真に受けて、ガリを余分に貰って持ち帰えった。疑心暗鬼ながらビニール袋に入れて、ショーツのポケットに忍ばせてきている。酸味、辛味ともにかなり強いので、疲れた胃には逆効果の可能性もある。シューズからはじまり、靴下、シャツ、補給食に至るまで、レースで使うものは、全て事前に試してみるのが長距離ランナーの鉄則だ。ポケットで異臭を放つガリは、最後の手段。イチかバチかの劇薬だ。試すのはだいぶ先のことになるだろう。

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今回のレースでは、スタート地点からゴールまでの間に、17のエイドステーションがある。全長160㎞のコース、平均で10キロ毎に水や食料が用意されいる事になる。うち6か所のエイドステーションには、事前に着替えや、自前の栄養補給食などを入れたドロップバッグを送っておくことができる。多くのランナーは夜間用のヘッドランプ、防寒具、さらに履き替え用のシューズをこれらのステーションに分散して用意しておく。

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(午前2時過ぎのエイドステーションにて。元気に微笑むボランティア。本当に頭が下がる)

ランナーの元気の源であるエイドステーションであるが、日中は汗を多くかくため水分・カロリーの消費が多く、それらの補給場所としての役割が大きい。一方で、レースも後半に入り、闇・孤独・疲労、この三拍子が揃う頃になると、エイドステーションはランナーの心の拠り所となる。
1時間、長い時には2時間以上に渡って、闇の中で道に迷わないか、転倒して怪我をしないか、体力は大丈夫か、動物に襲われないかと、孤独と不安に耐えながら走り続け、やがて前方に灯る明かりが見えて来た時には、砂漠でオアシスを見つけたような安堵感を感じる。エイドステーションに到着すると、夜を徹して働くボランティアの人たちが、旧知の友の様に迎えてくれる。そこで振舞われる水や食料補給は、当然欠くことのできないエネルギー源であるが、時に、暖かい励ましの言葉やハグは、それらを大きく上回る勇気やエネルギーを与えてくれる。
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(昼間とはうって変わったカーディアックのステーション。ハワイ風の飾り付けは変わらないがが、ココナッツボーイの姿は見えない)

100マイルレースでは、「70マイルから本当のレースが始まる」という表現がある。フルマラソンでいう、30キロの壁のようなものだろう。これまでのレースでは62マイル(100㎞)が最長。70マイル以降は想像でしか訪れたことのない世界だ。不安はあるが、怖いもの見たさの好奇心が遥かに上回る。これから幾度となく、エイドステーションでボランティアの人たちの世話になるだろう。
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(11がつの夕暮れは早い。5時過ぎには日没となる)

45マイル(72㎞)地点のオーバールック・エイドステーションを後にしてから、約2時間。漸く中間地点辺りだろうか。周囲は薄暗くなってきた。最大500ルーメンのヘッドランプと、防寒用の長袖のレイヤーはベストに詰め込んである。カロリー補給は、ほぼ事前のプラン通りに行っている。エイドステーションのポテト、ジンジャーエールも有難い味方だ。何とか胃腸も耐えている。ポケットのガリは未だ温存しておこう。驚くことに疲労感はさほどない。これから12時間にわたる暗闇が待っている。未知の世界に足を踏み入れる時は、いつでも心躍るものである。シューズが砂利を踏む音が心地よいリズムを刻む。川沿いのトレイル。ふと振り返ると赤く染まる夕焼け空がそこにあった。


その3「昇らぬ太陽」に続く

By Nick D