お先真っ暗とはまさにこの事である。空には満天の星が輝き、北斗七星が道しるべになるべく語り掛けているが、迂闊にも真夜中に道に迷って、狼狽えるランナーの役には立たない。前方は漆黒の闇。後方はというと、光がすべてブラックホールに吸い込まれた異次元区間のような世界。地面と生い茂る木々との境もわからない。快晴の星空なので、実際にはそれほど暗くないのだろうが、気が萎えたランナーの目に映る景色はどこまでも暗い。こんな筈ではなかった・・・
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トレイルランニングランキング

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(午前五時前のスタートライン)

ルートの目印であるオレンジ色のリボンを最後に見てから、かれこれ15分程度、真っ暗の山道を一マイル以上は走った事だろう。足が重い。気持ちはその何倍も重い。周りに他のランナーの姿はない。レース前のブリーフィングでは、数百メートル走って目印が見つからなければ、引き返すべきとの説明を受けた。時刻は午前一時を回っている。前日の午前5時にスタートし、ここまで20時間以上走り続けている。左腕のガーミンは86マイルを表示しているが、おそらく75マイル(120㎞)あたりだろう。60マイルあたりから痛み出した右膝が悲鳴を上げている。
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(スタートから二時間ほど。一日目の朝焼け)

道を間違ったことは疑いの余地もない。間抜けな自分に腹が立つ。間違いを認めたくない気持ちが、引き返すことを躊躇させている。元来、物事に固執する面倒な性格である。こんな状況下では頑固な性格は邪魔になるだけだ。この場に及んでも、あと数分も走れば目印が見つかるのではないかと、現実を受け入れられない自分がいる。道に迷うのは今回が初めてではない。ホームグラウンドと呼べる自宅近辺の山でさえ、自分が何処にいるか分からなくなった事が幾度となくある。多くは深い霧の中でのトレーニング中である。時には街中でも道に迷うほどの方向音痴だ。アウトドア派を自称する者としては、致命的な欠陥である事は自ら判っている。情けない話である。

自分を憐れんでいる場合ではない。30時間の制限時間内での完走に残された猶予は10時間弱。距離にして25マイル。この先、未だかなりアップダウンはあるが、フルマラソン程度の距離である。痛む足を引き摺ってでも8時間もあれば間違いなく走り切れるはずだ。然し、完全にルートを外れている。このまま元のルートに戻れなければ、完走どころか山中で遭難したも同然だ。意を決して来た道を戻る。どこまで戻ればいいのだろう。ルートに辿り着くことができるのだろうか。不安と恐怖が大きな塊となって圧し掛かかってくる。気持ちは焦るが、ペースは上がらない。
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(ルートに示された矢印とオレンジ色のリボン。昼間は容易にフォローできる)

漸く路面に矢印を見つけたのは、20分ほど戻った辺りだ。オレンジ色のリボンの先に取り付けられた反射板も見える。ほっとするの同時に、強い膝の痛みがぶり返してきた。ロスタイムは3040分程度。残り時間は十分にあるが、不安は拭いきれない。相変わらず周りに人の姿はない。Rio del Lago 100 Mile Endurance Run、略してRDL100と呼ばれる北カリフォルニアで開催されている100マイル(160㎞)レース。参加者は370人程度、それらが160㎞に散らばっている。ここまで二十時間の行程で一時間以上に渡って、他のランナーに会わないことも度々あった。レースのルールでは、45マイルのエイドステーション以降、ペーサーと呼ばれる同伴ランナーを得ることが認められている。
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(夜中のトレイル。左上に見える小さな光がルートの目印の反射板)

夜中の山道を数十マイルに渡って、一緒に走ってくれる友人がいるランナーは幸せ者である。多くのペーサーは地元のボランティアだ。私にとって初の
100マイルレースである今回のチャレンジ。敢えてペーサーなしで一人で走る事を選んだ。前日のゼッケン受け取りの際に、「ペーサーは?」と尋ねられ一人で走ると告げると、「オ~、グッドラック 」の反応。初の挑戦でペーサー無しで走るランナーは少ないようだ。丑の刻、一人走る山中で今更ながら、ボランティアの好意を受けていれば良かったと、後悔の念が頭をよぎる。

同じ過ちは二度と繰り返さないように、ルート上のオレンジ色のリボンと反射板を慎重に辿ること十数分。突然20メートルほど前方の開けた場所を大きな影が横切る。手持ちのランプを影の方に向ける。そこに照らし出された姿は・・・・・

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(コース上で見かけたマウンテン・ライオンの警告)

ネコ科の大型動物だ。対になった目がランプの光を反射している。双方、足を止めて見つめ合う形になった。この辺りに生息するマウンテン・ライオンである。クーガーあるいはプーマとも呼ばれる夜行性の大型肉食獣だ。突如、目の前に姿を現した獣は、家で留守番をしている愛犬のゴールデンレトリーバーより二回り以上は大きい。不思議と恐怖心はない。光る二つの目は、
突然現れたランナーを興味深そうに見ている。


マウンテン・ライオンが獲物を狙う時は、静かに忍び寄り一気に襲い掛かると聞いている。向こうがその気であれば、すでに背後から襲われて無残な姿になっているだろう。ペロペロと舐めまわすだけで見逃してくれるとは思えない。立ち止まっての見つめ合いが続く。怖さは欠片ほどもなく、落ち着いている。マウンテン・ライオンとの遭遇は初めてであるが、対策は心得ている。目を逸らさない、背中を向けて逃げない、体を大きく見せる、近づいてきたら低めのトーンで大声を出しで威嚇する。夜間であれば強い光を当て続ける。手持ちランプの強い光を当てた状態で見つめ合いが続く。時が止まったような感覚に襲われる。突然、ランナーへの興味を失ったのか、獣が目を逸らし動き出す。ブッシュの中に分け入っていく。時折立ち止まり、こちらを顧みる。その間、こちらは目を逸らすことなく、ランプの強力な光を当て続ける。やがて光る眼は完全に方向を変え、深い森の中に消えていった。


数分間も対峙していたような気がするが、実際には長くて
30秒程度の時間だろう。突然、体が震えた。今になって脳が恐怖を認識したのだろうか?あるいは感極まった震えであるろうか?おそらくその両方だろう。山の精霊にでも遭遇した気分だ。

山の神からエネルギーを注入されたような高揚感に包まれ、再び走り出す。ここからは暫く下りが続くはずだ。俄然、元気が出てきた。勢いをつけるべくカフェイン入りのジェルの封を切る。重力に任せて加速しながら、今しがた出会ったばかりの獣に思いを馳せる・・・
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(ガーミンが表示するルート。相変わらずのヤンチャぶりで、残りの距離は定かではない)

「再びルートから外れないように、気持ちを集中させよう。待てよ、でも、道に迷ったからこそマウンテン・ライオンに遭遇できたわけだ。方向音痴も捨てたものではない。結果オーライだ」。頭の中で妙な会話が飛び交う。気持ちの切り替えが早いのと、暢気なのは母親ゆずりだ。能天気でなければウルトラマラソンなんてやってられない。先は長い。まだまだ楽しめそうだ。


その
2「エイドステーションの天使たち」に続く・・・
http://nick-d.blog.jp/archives/20229185.html

By Nick D.