1990年代のコロンビアは、FARCと呼ばれる反政府ゲリラが山間部やジャングルを中心にゲリラ活動を展開していた時代。時には首都ボゴタなどの都市部でも自動車に起爆装置を仕掛けたコチェボンバと呼ばれる、自動車爆弾でのテロ行為が行われていた。FARCとはFuerzas Armadas Revolucionarias de Colombia の略。日本語ではコロンビア革命軍と訳されるのが一般的であるが、直訳ではコロンビア“武装”革命軍。共産主義のイデオロギーを掲げ、名前が示すように武装して、国の至る所で政府と戦闘を繰り返していた。

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資金源は、主に誘拐と麻薬がらみのビジネス。当時の代表的な麻薬組織といえばメデジン・カルテル。それを牛耳っていたのは、悪名を馳せたパブロ・エスコバール。この麻薬王は
1993年に逮捕され、留置場からの脱走を試み、その際の銃撃戦で死亡している。

外国人をターゲットとした誘拐も頻繁にあり、日本人ビジネスマンが殺害される残念な事件も一度ならずあった。数十年に渡って繰り広げられた
FARCと政府間の争いであるが、2016年に和平協定が結ばれて、長い闘争の歴史に終止符が打たれた。その一方で、旧FARC内でも、協定に反対する一部の勢力が、未だに小規模なテロ活動を続けており不安定な状態が続いている。


1992年当時の私の話に戻ると、エクアドールの原住民による国境封鎖が解かれ、漸くボゴタへの帰途に着くのですが、国境の町からボゴタまでは陸路で20時間以上の道のり。山間部の一部はゲリラ支配下の場所もあり、途中でバスジャックに遭い、乗車客が身包み剥がされるケースもたびたび。更には、バス会社を恐喝し、金を巻き上げたり、従わない会社のバスに放火したりと無秩序状態が続いていました。政府はバス会社に恐喝に応じないよう指示を出すと共に、長距離バスの護衛に軍を派遣。時には、バスの護衛に戦車が付くことも。
 

この度のボゴタまでの帰路も危険が伴うため、出発前には軍隊の護衛が付くかもしれないとの話がありました。バスジャックは御免ですが、戦車の護衛は是非見てみたいと楽しみにしていましたが、途中で不覚にも爆睡。残念ながら、護衛の有無は知る術もなし。
 

20時間バスに揺られて無事ボゴタに戻り、ホームステイ先のホストファミリーと数日過ごした後、カリブ海岸の街カルタヘナへ。当然、いつも通りバスでの移動を考えていましたが、ホストファミリーが大反対。と言うのも、カリブへのルートは、特にゲリラが活発に活動する地域で、一番多くのバスが燃やされたとか。仕方なく、なけなしの金をはたいて飛行機で。
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(バルコニーに南国の花が飾られるカルタヘナの旧市街)
 

カルタヘナはコロニアル調の街並みと16世紀に建設されたサンフェリペ要塞で有名なところ。中南米でも指折りの美しい街。パイレーツ・オブ・カリビアンの映画に出てくるような街といえば、イメージし易いでしょうか?様々なコロニアル調の街を訪ねてきましたが、カルタへナの旧市街地は別格の美しさ。
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(海に向かって建つサンフェリペ要塞)
 

先ずは、街外れの安宿に数泊。その後、ローカルが絶賛するプラヤ・ブランカ(白いビーチという意味)と呼ばれる、ビーチへボートで。その時は島だと勘違いしていたのですが、その後調べてみると、半島だったと分かりました。
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(数百年前の中世の建造物がそのまま残る。今でも住居や商店として使われている)

到着すると、丁度良さそうなパームツリーを探し、先ずはエクアドールで買ったハンモックを設置。パスポートなどの貴重品は、砂を深く掘って埋めて準備完了。宿泊場所を確保して、これから2~3泊、ビーチフロント暮らしと洒落込みます。今思い返せば、全く暢気なもの。行く先も良く分からずボートに乗り、寝場所も行き当たりばったり。夕方のスコールは珍しい事ではなく、雨が降ったら濡れるに任すのみ。しかし、ここでも幸運に恵まれ、雨には降られませんでした。
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(ビーチから数メートルの所にハンモックを掛け寝場所の確保)

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(青い空と澄み切った海、まさに天国。そして天国には似つかわしくない日焼けした日本人)
 

食事はというと、昼間に何処からともなく現れる屋台にて。釣り立ての魚を揚げた物とご飯。好物のパタコンと呼ばれるフライドバナナあり、子供たちが売りにくる新鮮なフルーツあり。ターコイズブルーの海に、白い砂。ハンモックに横になって海からの風。新鮮な魚と南国のフルーツ。まさに天国。
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(遊びに来た子供たち。日本人を見てブルース・リーの真似をする無邪気な男の子)
 

しかし、この幸せも長くは続きません・・・

数日後、カルタヘナを後にし、バランキージャという港町を経由してサンタマルタへ。夕刻、目的地に到着した頃には、風邪のような症状。予定していた安宿へ行ったところ、空き部屋無し。一部屋にベッドが3~4つある相部屋の宿なのですが、完全に満室(満ベッド)。既に辺りは暗かったので、交渉の末、僅かな宿泊費を払い、軒にハンモックを掛ける事に成功。
 

宿泊中のバックパッカーが奏でるギターの音色を聞きながら眠りに落ちるも、夜半に吐き気と寒気で目が覚める。そこから先は眠るどころか、全身の節々の痛みに震え喘ぐ事、数時間。体は火照り、おそらく40度を超える熱。朝までハンモックの上でもがき苦しみ、下痢でトイレに行くこと数知れず。高熱でうなされる頭に浮かんだのは、「フランス大使館に、自分がここにいる事を知らせなければ・・・」

いま考えると、とても滑稽ですが、その時は至ってマジ。全身が痛みトイレに行くのがやっとの体、朦朧とした頭で繰り返し考えていたのは、「フランス大使館に行かなければ、やばい事になる」。
 

なぜフランス大使館?・・・と言うと、遡る事、約一ヶ月前。エクアドールで国境封鎖解除を待つ間に読んでいた、フレデリック・フォーサイスのスパイ小説。タイトルは思い出せませんが、アルゼンチン沖にあるフォークランド諸島を巡る、英国とアルゼンチン間での紛争、それにフランスの諜報部員が絡んで・・・というストーリー。

高熱で頭がやられて、まさかの思考障害。寝る場所も無くハンモックで四苦八苦し、下手すれば見知らぬ地で一人野垂れ死に。これぞ正に生き地獄。いま思い返せば、冷や汗ものの、かなりヤバイ情況。っていうか、冷や汗どころの騒ぎじゃありません。
 

コロンブスのアメリカ発見500年記念に合わせた、原住民による国境封鎖のエピソードはこちらで: http://nick-d.blog.jp/archives/16130600.html

  

翌日にはベッドが一つ空いたので、相部屋へ移動。ようやく真っ直ぐ横になれる場所を確保したと思いきや、ベッドで過ごすより、トイレでうずくまって過ごす方が長いような状態。宿の人に近くに病院があるか聞いたところ、週に2回ほど近所の薬局に、医者の巡回があるとの事。結局、医者に診てもらったのは翌々日。曰く「最近この辺りでウィルス性の肝炎が流行っているので、おそらくそれでしょう」みたいな感じ。こちらのスペイン語の理解力も疑わしいが、医者の言う事も、かなり疑わしい。結局のところ真実は分からず仕舞いですが、今日まで元気に生きているので良しとしましょう。
 

処方して貰った薬を飲み、ベッドとトイレの往復で過ごす事、更に二日間。その間、まともな食事はできず、コロンビアでマラクジャと呼ばれるパッションフルーツのジュースばかりを飲んで過ごしていたので、体重は激減でヘロヘロ。一方で熱は下がり下痢もなし。結果だけ見ると、それほどのヤブ医者ではなかった様。更に、体内の悪い物を全て出して、ディトックス効果があったせいか、気分はスッキリ。という事で、数日前まで死にそうだった事はどこ吹く風。次の目的地へと向かいます。

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(タイロナ国立公園の一部。誰もいない美しいビーチ)
 

バスとコンビに乗り継いで行った先は、楽しみにしていたタイロナ国立公園。熱帯のジャングルと誰もいないビーチ。自然保護地区となっており宿泊施設と呼べるものは無く、手付かずの自然が残っているとの事。期待に胸を弾ませ到着すると、まさに地上の楽園!

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(ジャングルから流れる水が、そのまま海へと注ぐ)

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(ビーチから少し陸に入ると、うっそうと茂る椰子の森が続く)

先ずは、お決まりのハンモックを掛ける場所探しから。今回はパラパと呼ばれる椰子の葉で葺いた小屋の一等地を確保。これで雨の心配をせず長居ができる。更に、又しても夢のようなオーシャンフロント。
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(カリブ海が目の前に広がるパラパ。まさにパラダイス)

ここで、暫く旅の疲れを癒すべくノンビリ。着いて間もないが、ゆ~っくり流れるタイロナ時間が感じ取れる。

それもそのはず、周りを見回すと、♪
Don’t Worry, Be Happy♪と、多くはカリブの音楽を聴きながらマリワナを燻らし、自分の世界を楽しんでいる・・・

これもまた、天国か?

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(ハンモック暮らしをする、ドンウォーリー・ビーハッピーな仲間たち)
 

 

こんな所に長居しいても大丈夫かなぁ?との思いとは裏腹、なんて事は無い、スッカリ馴染んで、あっと言う間に一週間。

 
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(テーブルの上で丸まっているのは、毎日、裏のジャングルから遊びに来ていた赤毛のサル。仲良くしていたが、帰る当日に別れの挨拶をすると、ガブリと噛付かれた。)

後ろ髪を惹かれる思いで天国を後にして、再び飛行機でボゴタに。クリスマスの飾りつけが華やかな
12月、ホストファミリーに別れを告げ、約4年振りの日本に向け、帰国の途へ。
 

この後、日本で一年ほど過ごし、1993年から2007年までの14年間を過ごす事になる、第二の故郷メキシコに向けて発つのですが、当時の私は、そんな事ことを知る術もありません・・・ 

 

ワンポイント・アドヴァイス

1.予防接種

中南米に限った事ではありませんが、海外では日本には無い病気があります。安全のために、事前に渡航先で注意すべき感染症を調べ、予防接種を受ける事が望まれます。ビザ申請に当たって、予防接種の義務付けをする国が在りますが、一般的には、自国民を守るために、他国からの感染症の持ち込みを防止するのが目的。外国からの観光客が病気にならない様にという配慮によるものでは在りません。言い換えれば、既にその国で蔓延している感染症であれば、観光客に予防接種を義務付ける必要は無いと言う事になります。拠って、自分の身は自分で守る事が極めて重要と言えます。厚生労働省検疫所で様々な情報を発信していますので、こちらを参考にして下さい。
 

海外渡航のためのワクチン

https://www.forth.go.jp/useful/vaccination.html


地域別情報・南米

https://www.forth.go.jp/destinations/country/peru_bolivia_ecuador.html

 

2.海外旅行保険

予防接種をしても、旅行先で病気になる事は充分考えられます。また、予期せぬ怪我の危険もあります。当時は、若気の至りで、保険にも加入せずに放浪の旅をしていましたが、いつも危険と隣り合わせ。やはり万が一の備えは必要。事故が起こらぬように祈って、あとは運を天に任せるという訳にも行きません。お守り代わりの海外旅行者用の保険は、パスポート同様、旅の必需品。お忘れなく
 

By Nick D