鉱山の町ポトシはボリビア南部のアンデス高地の山間にある小さな町。標高は何と4067m。歴史から忘れ去られたようなこの町、16世紀には世界有数の鉱業の町として繁栄を謳歌していました。町外れにはスペイン語で豊かな丘を意味する、セロリコという鉱山があります。当時、セロリコは世界最大の銀の鉱山として知られ、そこから掘り出された銀はスペインに莫大な富をもたらしました。町の中心部には当時の面影を残す豪華なスペイン風の建築物があり、ポトシの町は世界遺産に指定されています。

にほんブログ村 旅行ブログ アメリカ旅行へ
にほんブログ村
image
(ポトシの町で開かれる祭りの様子。民族衣装に身を包み踊りながら町を歩く)
 

銀は掘り尽くされ、富は全てヨーロッパにわたり、この町に残されたのは僅かなスズの鉱脈と貧しいながら逞しく生きる民の姿。
Potosi
 
ボリビアは、発展途上の中南米諸国の中でも最貧国の一つ。一歩町を出ると多くの人達はアドベと呼ばれる泥と藁で固めた日干し煉瓦の家に住み、とても質素な生活をしています。その一方、人々は貧しいながら素朴で心優しいという印象を強く受けました。治安も周辺国と比べると良く、友人曰く、首都のラバスを含むボリビアの主要都市は、標高4000m級の高地にあるため酸素が薄く、激しい運動は困難。泥棒も物を盗んでも走って逃げられない。逃げ切れるほどの体力の持ち主は皆、サッカー選手になっているので泥棒は少ない、と真実だか冗談だかわからない事を自慢げに語っていました。
image
(首都ラパスの町並み。スペイン植民地時代の佇まいが残る)
 

image
かつてのインカ帝国の首都であるクスコを後にし、チチカカ湖経由でボリビアに入ったのは、かれこれ一ヶ月ほど前。首都ラパスの友人宅に二週間ほど滞在。その間、近隣の遺跡などを訪問。その後、途中様々な町に立ち寄りながらポトシに到着。


ここに至るまでのペルーの旅はこちら: 
http://nick-d.blog.jp/archives/13524786.html
 

 image

(チチカカ湖のほとりにあるティワナク遺跡。中央上部にあるモチーフはチャスキと呼ばれるメッセンジャー)

image
(同じくティワナク遺跡にて)

image
(米国留学中に知り合った友人ロドリーゴ。ラパス郊外の月の谷にて)

ポトシに限らず、アンデスの高山地帯では、街角でコカインの原材料となるコカの葉を売っているのを頻繁に目にします。コカは南米原産。語源はボリビアの公用語でもある原住民の言葉、アイマラ語の木を意味する
KhokaCocaになったとか。高山病に効くのは良く知られていますが、古くから薬草として使われており、今でも多くの場所で栽培されています。
image
(中央に見える茶畑のようなのがコカを栽培する畑。自然環境が厳しいアンデスでは、この地の原産で比較的容易に栽培できるコカは、貧しいインディヘナの貴重な収入源)
 

かつて、セロリコなど鉱山で奴隷のような環境で働かされていた原住民の労働者たちは、朝から晩まで食事もまともに摂らず、暗い洞窟の中で作業に従事し、平均寿命は40歳に至らなかったとの事。作業に取りかかる前にコカの葉を口いっぱい頬張り、チューイングガムのように噛みながら辛い肉体作業をしていたそうです。コカの葉のエキスは様々な効果があり、恐怖心、疲労感、空腹感、眠気を和らげるのに役立つとの事。
image
(メルカドで果物などと一緒にビニール袋で売られているコカの葉)
 

16世紀に銀でスペインの富を支えた鉱山は、私が訪れた1992年当時はスズが採れるのみとなっとなっていましたが、鉱山で働く人達は、その昔とほぼ変わらぬ様子で暗い洞窟内でコカの葉を噛みながら仕事をしていました。その仕事を体験するべく、ツアーガイドと称する、つまりはそこで働く男性に着いて洞窟に入る事にしました。途中のメルカド(市場)でビニール袋入りのコカの葉と爆竹を数倍大きくしたような小型の爆薬を購入。これらは洞窟内で働く人達への心ばかりの土産。スズを掘り出すのは金槌とノミの様な道具で手作業。爆竹は危険は伴うながらとても役に立つのだとか。古めかしい灯油のランプを手に、コカの葉を頬張り、いざセロリコへ。
image
(坑道の入り口付近。屈まないと歩けない。上からは刺さりそうなほど尖ったツララ)
 

8月、標高4000メートルの高地、南半球では真冬。朝早い時間は氷点下まで気温は下がり、入り口付近には幾つもの氷柱。一歩、洞窟内に足を踏み入れると、湿気と妙な匂いで息苦しい。ガイドは慣れた足取りで腰をかがめて小走り。後ろを気にする様子は一切無い。途中、ルートは幾つもに分かれており迷路のよう。私はと言えば、灯油ランプを不器用に持って着いて行くのに必死。坑道内は整備されておらず、穴あり、泥濘あり、梯子を使ってのアップダウンあり。はぐれれば道に迷うこと間違いなし。転べばランプは消えて漆黒の闇。
image
(灯油ランプ片手に梯子を登ったり降りたり。周りには光る鉱物)

ツアーと呼ぶには程遠い。標高
4000mの薄い酸素に喘ぎながら恐怖心を押さえ、何とかガイドの背中を見失わずに着いて行くしか、生きてここから出られる術は無し。心拍数は上り、口の中はカラカラ。恐怖心を緩和すると聞いていたコカの葉の効用は、残念ながら全く感じられない。
 

こんな所へノコノコと来るんじゃなかったと後悔しても時既に遅し。そんな私の気持ちを察する筈も無いガイドは奥へ奥へと向う。永遠とも思われる、おそらく僅か30分弱の長がーい時間を経て、漸く目指す悪魔の像まで到着。
image
(鉱山の奥にある悪魔の像。右側が私。必死の思いでここまで辿り着き汗と泥まみれ。どう見ても作業員としか思えない風貌)

周りには作業員が坑内での安全を祈願するために残したお供え物。悪さをしない様にとの事らしい。口の中には、案の定コカの葉っぱ。私も、帰り道の無事を祈願し、悪魔の口にコカの葉を詰めると共に、少しでも恐怖が和らぐ様に自分の口にも大量のコカの葉を詰め込み帰路へ・・・もう、鉱山ツアーは懲り懲り

 

ワンポイント・アドバイス

1.現地の言葉を勉強する

旅をする際に現地の言葉を少しでも話せると、楽しみが大きく広がります。私の場合はコロンビアで大学に通っていたため、幸いスペイン語でのコミュニケーションは不自由なかったのですが、合わせてアンデスの高地で多く使われているケチュア語とアイマラ語のフレーズを幾つ丸暗記しました。挨拶やお礼といった程度のものですが、そのお陰でメルカドで果物を買ったりする際におまけして貰ったり、気持ちよく一緒に写真を撮らせて貰ったりすることが出来ました。日本でも目にしますが、外国人が片言の日本語で一生懸命に話をしようとする姿は微笑ましいものです。文化や習慣を学ぼうという姿勢の表れ。日本人としては嬉しい限りです。ケチュアやアイマラ語といった少数民族の言葉であれば、なお更のことかと。という事で、旅の経験を更に豊かな物にするために、現地の言葉の事前勉強をお試しあれ。

 

2.旅の途中を楽しむ

旅の楽しみの多くは、そこへ行くまでの過程にあると言うのが私の持論です。旅の途中を楽しむと言い換えても良いかもしれません。何処かへ行こうと思い立ったら、その時点からある意味で旅が始まっていると言えます。行き先、関連する歴史、スケジュール等、様々なことに思いを馳せながら準備をし、いざ出発。自分自身で試行錯誤して組み立る旅は、他人任せのパッケージでは味わえない醍醐味があります。勿論、全てが上手く行かないこともしばしば在りますが、それも良し。更に旅の途中では、移動中の車窓から思わぬ絶景を見たり、たまたま隣り合わせた人と意気投合したり、途中の休憩で立ち寄った屋台の食べ物が忘れられないほど美味しかったり。移動時間は睡眠時間と決めている人もいますが、寝ている間に失う物は大きいですよ。

まだまだ続く、南米バックパッカーひとり旅。続きはこちらで:

http://nick-d.blog.jp/archives/16130600.html

 

 

By Nick D